非常ベル騒動
ジリリリリリリリリリリリリリリリリリリリッ!
突如として、けたたましい音が鳴り響く。瞬間、なんだ、どうした、と教室中に戸惑いの声が広がり始める。俺は寝そべったまま、半覚醒の意識のままでその音をぼんやりと聞いていた。
……ったく、うるっせぇな。人が気持ちよく寝てるってのに。
机にだらりと転がっていた頭を持ち上げて(一応起きてはいた)、どこへとも知らず、漠然と音の聞こえる上方へ視線を送る。
非常ベルだ。それは疑うべくもない。滅多にない出来事に騒いでるヤツも居れば、意に介さないヤツもいる。その音が火事などの非常事態に鳴らされるものだろうことは、誰もが知っていることではあったが、それがイコールとして非常事態に結びつくケースは多くない。
せいぜい突然の非常訓練か、誰かのいたずら、そんなところだろう。と誰もがそういった見解を持ってしまう。
非常訓練なんて何の役にも立っちゃいねぇ……。
これがもし、本当の災害だったなら、と考えてみると想像するだに滑稽だ。が、俺自身、どうせ悪戯だろうと高をくくっているところがあるので、何も他のヤツらを責められたもんじゃない。現実はこんなもんだ。
……こりゃ悪戯だな。はた迷惑な。
鳴り止まないベルを耳にして、ようやく俺はそう確信した。悪戯と決めつけたのは確証あってのことだ。ベルが鳴り止まない、単純にこれだけだ。訓練ならば、すぐに補足の校内放送が聞こえてくる。おそらく教師達も何事かと浮き足だっているんだろう。
「それにしてもうるせーな」
可能性として、本当に非常事態だということも考えられないわけじゃない。が、非常事態ならまともに考えて火事だろう。窓の外には煙一つ見えないし、火事だ、という声も聞こえやしない。体感するほどの揺れを感じたわけでもないし、地震でもないだろう。
と、ようやくベルの音が止む。
一瞬の静寂ののち、またざわざわと生徒達が騒ぎ始める。
「なんだったんだろうな?」
ふと気付く。後ろからの声に振り向けば、そこには二人の友人が壁に背を預けて(俺の席は一番後ろだ)首を傾げていた。
「お前ら、いたのか」
「いたのかって……タツ、寝過ぎだよ」
タツというのは俺のあだ名だ。木須竜司、リュウジと読むが、竜の文字だけを抜き出してタツと呼ばれる。呆れたように言ってくるこいつは、蓮池雪人。こいつの場合、そのまんまユキと言うあだ名がついている。実際、雪のように肌が白く、背が高いおかげで女と間違われることは少ないが、整った容姿、品のある仕草、すっと伸びた細い足、などから間違われる要素は盛りだくさんだ。
「うるせ。休み時間をどう使おうと俺の勝手だろうが」
「そうだけどさ。だからって非常ベルに起こされたことで俺に当たるのはどうかと」
半分図星だったが、俺は素知らぬ顔でユキの言葉を受け流す。
「当たってねぇよ。ったく、悪戯で俺の睡眠邪魔しやがって」
そこで黙っていたもう一人、槙島結生が口を開く。ちなみにこいつにはあだ名は特にない。高校になってからの友人なことが理由の一つでもあり、特別縮める要素もない。なんせユウだからな。
「いや、意外と悪戯じゃないかもしれんぞ」
「はぁ?」
結生は今時珍しい黒縁のメガネを軽く触りながら、にやりといやらしく笑う。こういう表情が何より似合う。まるで実際にいる詐欺師か、うさんくさい銀行員か、そんなところを思わせる。
「こう考えて見ないか? 非常ベルが何かの合図だとする」
「合図?」
「合図ねぇ、んで?」
二人して促す。結生は得意げに、ふふふ、と不敵に笑ってから、人差し指をぴっと立てる。もうこいつの中じゃ探偵になりきっているんだろう。
「合図を聞き取った人間は何かしらの行動に出る」
「何かしらってなんだよ」
「うむ、それが分かれば苦労はないっ!」
胸を張り、実に堂々と断言する。
聞いた俺が馬鹿だった……。見れば隣でユキも呆れたように額に手を当てている。結生は会った時からこんなヤツで、思いこみが激しく、頭は回るのにすこぶる馬鹿だ。この二人と俺は推理同好会を組んでいて、高校に入ってからは何かとつるんでいることが多い。
推理同好会、これについては俺みたいな人間は柄じゃない、とかよく言われる。見た目が悪いし、口も悪い、性格悪い、とユキ曰く三拍子揃っているらしい俺は、どう見ても知能派ではなく肉体派だ。その点、ユキはどう見ても知能派だし、結生はもう外見からしてソレっぽい。こいつらと一緒にいると、要するに俺は浮いているんだが、さすがに一年以上も一緒にいれば、誰もが慣れるもんのようで、今更とやかく噂されることもない。
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