SP図書館

TOP

SPC投稿小説
Page:0001 
BACKPAGE NEXTPAGE


わたしは城壁




1.ジョン



 今、二人は互いに銃を向け合っている。

 最初、ジョンは冗談だと思った。この手の冗談は嫌いじゃない。知り合いの娼婦をけしかけて一芝居打たせ、お高くとまった、自分だけは潔癖な警官でございますという態度のエリートさんを、仲間の前で笑い者にしたこともある。仲間をないがしろにする、一匹狼気取りの新人のファイルをピザで台無しにしてやったこともある。
 今度は俺の番というわけだ。
 俺は何か、一線を越えるような真似をしたのだろうか? しかし三十を過ぎた性犯罪課の刑事にしては、やることが少し大人げないじゃないか。一緒に街をパトロールしていた頃のアーロンは、こういう悪ふざけを極力避けていた。堅物アーロンは、いつの間に協調性を養ったんだ? もしかしたら、俺がとっくに忘れている何かの記念日なのかもしれない。アーロンは光栄にも先兵を仰せつかり、俺を思い切りびびらせた挙げ句、頃合を見て仲間たちが大笑いしながらどっと部屋に入ってくるというわけだ。下着姿のねえちゃんたちの、ちょっとした余興もあるかもしれない。
 だから手錠をかけられ、ベッドにくくりつけられながら、ジョンはへらへらと笑っていたのだった。
 おい、アーロン、SMごっこの相手なら他を当たってくれよ。以前は俺も、こんなでかいベッドで寝てたものさ。離婚の時、取られちまったけど。命がけで稼いだ給料で買ったベッドを、今や別れた女房と、女房を寝取った男が使っている。こっちは折り畳み式のベッドで泥のように眠っているというのに、だ。 
 ジョンが横になっているのは、ワインカラー色のマットレスが敷かれたダブルベッドで、四方には鉄製の支柱が立っている。ベッドの左右にはサイドテーブルがあり、右側のテーブルには、精緻な装飾を施した小型ランプが置かれていた。半透明の笠の表面に桜の花びらが舞っていた。左側のテーブルには、そもそもジョンがこの部屋に来る羽目になった、問題の雑誌が数冊積み上げられている。薄い写真誌の表紙を飾っているのは少年たちだ。中身は見なくてもジョンには想像がついた。通信販売を通してしか手に入らない、特殊な性的趣向の持ち主のために発行された雑誌、と検事なら言うかもしれない。
 「木曜日の男」とメディアが名付けた殺人犯は、どうやらこの雑誌を見て犠牲者たちを選んでいるらしかった。警察がそれぞれの犠牲者たちの共通点に注目するようになったのは、四ヶ月前の殺人からだ。八ヶ月前に端を発する少年殺しが、すべて同一犯人の仕業とすると、「木曜日の男」は先週、五回目の仕事をしたことになる。殺人は決まって木曜日の夕方から深夜にかけて発生していた。「木曜日の男」の次の犯行を食い止めなければならない一方、犯人の手掛りは犯行によってしか得られない。おかげでジョンはこの一ヶ月、毎週木曜日になると何かしら馬鹿げたことをしでかした。前の女房をつけ回して訴えられそうになったのも木曜日だったし、例のエリートさんの机に犬の糞をぶちまけたのも木曜日だった。おまけに昨日したことといったら..。 
 木曜日に乾杯、金曜日に幸あれ、だ。
 アーロンからジョンのアパートに電話が入ったのは昼過ぎのことだ。例の雑誌のことで話があるから家に来てくれないか、とアーロンは言った。なぜ署で話せないのだろうとジョンは不審に思ったが、情報があるなら誰よりも早くものにしたかった。
 ジョンはそっと右側の、ベッドに面した窓に顔を向けた。強風で窓枠が揺れている。見えるのは、長方形に切り取られた灰色の空と、ガラスを叩く雨滴だけだ。
 十二時には夜勤が始まるから、せいぜい六時間程度の苦難だ。制裁にしろお祝いにしろ、仕事に支障を来すほどのことはしないだろう。何せアーロンは良識ある公僕なのだから。
「この部屋は両親の部屋だったんだ。親父がいなくなった後、お袋が鍵をかけて開かなくしてしまった。お袋は鍵を捨ててしまったんだ。それで高校の時、合鍵を作った。この部屋に入れるのは俺だけだ」
 アーロンは、ベッドの正面に置いてあるキャビネットにもたれかかった。中段の、ジョンの目の高さに当たる位置に、二十一インチ型テレビが設置されていた。横手に見えているドアの向こうはバスルームだろう。
「そのテレビ、写るのか?」
「いや。何で?」
「今夜、テレビで『百一匹わんちゃん』をやるんだ」
「俺も昔見た。ナオミにつき合って『ピノキオ』とか『白雪姫』とか...」
 アーロンは、ふと思いついたように言葉を切った。
「『白雪姫』に出てくる小びとたち、何ていったかな。名前があるんだろう?」
「ああ、あの高さ的にチャレンジされた七人の陽気な屋外労働者たちね。ドグ、グランピー、スリーピー..」
 ジョンはアーロンの凝視に不安になった。
 何だって、犯人を見るような目で俺を見るんだ? これは陽気な冗談じゃないのか?
「ハッピー、スニージー、ドービー..」
「六人だ」
「え?」
「それで六人だ」