解放プラスティック
プロローグ
1.
認識力は目の前の光景を拒絶していた。
家具の少ない六畳間には、古びた箪笥や座卓が置いてあり、床の上には砕け散った茶色いガラスの破片が、切れかけた蛍光燈の光線を反射して、鈍くぎらつく。
慣れ親しんだ映像――忌まわしい光景。
熟した柿の臭い。後に知った――アセトアルデヒドの匂い。匂いの源はたった一人に収束される。男は長身だが、痩せていた。それでも、彼はここにいる人間の中では最も力が強い――彼だけが男性なのだから。
映像が動く――男の腕が動く。男に縋り付いている女性――母親が倒れ込んだ。泣き声、呻き声が母親の口から合成され、低く洩れる。
悪夢の光景が網膜に焼きつく。脳細胞にデジタル情報として保存。
確実に、一生、消去できない。
男が近づいてくる。何かを喚き散らしていた。現実なのに、遠いものとして捉えていた。何を言ってるのかなんて、判らない。既に日本語として聞き取れない。唯一聞き取れた単語――ちくしょうというあらゆるものが圧縮された呪詛。
黙っている。口答えをすると、もっと酷い事にしかならない事が身体に染みついている。
男の腕が動く――顔を庇いながら身体を伏せた。前腕に小さい破片が食い込んで、即座に痛みが跳ねた。衝撃。それから温度。最後に痛みに変換される。 女の子の悲鳴。自分の声だと気づくのに、僅かな時間。
どうしても慣れる事ができない。生きている事には慣れているはずなのに。 涙が滲み、理不尽さだけが何かを侵食してゆく。
脅え。
恐怖。
呪った――父親が死にますように。
祈った――総てが綺麗になりますように。
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