TWO−BIT
序章 前夜
真円には幾分かまだ欠けている月夜。深淵を思わせる青の世界に包まれた公園を駆け抜ける影が一つ――
「ここまで力の差があるなんて」
歪めた口から漏らす一言は、苦々しい。
「さすがにまずいですね」
大きくかぶり、振るった刃が妖しく煌めく。月光の下、緋袴姿の少女が一人、虚空に向かって太刀を振るっていた。
――――ッ!
硬質な音が人気のない公園に響く。
何かと戦っている少女。
でも、
相手が見えない。
まるで、独り剣舞を舞っているような優雅さがあった。
ただ、その端整な顔つきは真剣そのものだ。
幾たびと刀を振るっている内に、少しずつだがその太刀筋が遅れ始める。
「クッ――」
思っている以上に重すぎる真剣に、少女の顔に疲労の色が浮き出る。
暦の上では夏も終わろうかとする九月半ば――
夜とはいってもまだ暑く、吹き出た汗は少女の舞いに併せて飛び散る。
キィーン――
遂に握力に限界が来たのか、弾かれた反動で両手から抜け飛ぶ。
数メートル先の花壇の中に突き刺さる刀。
慌ててそれを取りに向かおうとした、その足が止まる。
「言っておくけど、単純な力比べではあんたの方が上だよ。ただ、力の使い方に差があるだけ」
背後からの冷たい囁きに、一変、汗が冷や汗に転じる。
月光に輝くは、細い喉元に突き付けられた鋭い爪。
少女の背後には、髪の長い女がいた。白い着物姿。何処か少女とよく似た容貌。唯一、人と違うは頭に突き立つピンッとした獣の耳。
――『魔』だ。
「殺すのですか?」
訊ねる少女に、『魔』は面白そうに答えた。
「殺しはしないよ」
「何故です?」
「藤姫――あんたの先祖に封印されてかなりの年月を過ぎたからね」
鋭い爪を突き付けたまま身体を少女の前へと返す。ピクピクと耳が動く。
「言っただろ。力だけをみれば、あんたの方が上だと。この朽ち始めている藤姫の身体、残されている力はもう僅か」
ニヤッとつり上げてみせる唇が血の如く紅い。
「だから、この身体の代わりにあんたの身体を貰い受けるだけだよ」
クイッと顎を持ち上げると、そこに口を併せようとしてくる『魔』。
それから逃れようとする少女だが、『魔』の紅い瞳に魅入られて、身体が満足に動こうとしない。
今まさに、二人の美女の唇が触れようとしたその時――
「キャァァァァァ!?」
悲鳴を上げて少女の元から飛び退く『魔』。そのまま闇の中へと姿を消した。
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